魔王~シューベルト~

 シューベルトが歌曲をたくさん残したことなど以前にも「31才の生涯」で書きました。

 今日はソナタではなくその歌曲について少し。

 この曲は、現在中学校の音楽の教科書に載っているようです。2年生かな?

 私が中学校の時も、この曲を習ったのか全く記憶にないのですが、

 初めて聴いた時に衝撃的だった歌曲

 『魔王』Erlkonig(ドイツ語のoの上の点々がつけられません....)

ゲーテの物語詩にシューベルトが音楽をつけました。

1815年、シューベルト18歳の時の作曲で、作品番号も「1番」がつけられた最初期の作品です。

ですが、もう完璧です。

作曲の現場に一緒にいた友人によると、「詩を読みながら部屋の中をうろうろ歩き回っていたかと思うと、突然机に向かって一心不乱に書いてしまった」と証言しているというエピソードもよく聞きますね。

 

 


 もともとが歌曲なので、まずは歌曲で聴いてみましょう。

ドイツ語なので、さっぱり・・・なのですが・・・

登場人物は、最初と最後に出てくるナレーション以外は、3人(父親と坊やと魔王)です。

映像を見ると少し情景が浮かぶかなと思うのですが、詩を載せておきます。

語り手   誰がこの嵐の中、そしてこんな夜の闇に馬を駆っているのだろう?それは父親とその子供だ。父親は腕にその子をしっかりと抱いてあたためている。
父親    「坊や 何をそんなに怖がっているのだ?」
息子    「お父さん あの魔王が見えないの?冠をかぶって、裾をなびかせた魔王が」 
父親    「坊や あれは霧がたなびいているんだよ」
魔王    「かわいい坊っちゃん わしについておいで 一緒にたのしく遊ぼう 岸にはきれいなお花がいっぱい咲いていて 金のおべべをたくさんもっているよ」
息子    「お父さん お父さん 聞こえないの?魔王が僕にそっと話しかけているのが」
父親    「落ちつきなさい坊や あれは枯れ葉が風にざわめいているんだよ」
魔王    「かわいらしい坊ちゃん わしと一緒に行こうや 娘たちは君をダンスに連れて行って歌って踊って君に子守唄を歌ってくれるよ」
息子    「お父さん お父さん あそこに見えないの?暗い所にいる魔王の娘たちが」
父親    「坊や 坊や よく見えているよ 古い柳の木が暗くてそう見えるんだ」
魔王    「君が大好きだ 可愛らしさにそそられる 気が向かないのなら力づくで連れて行くよ」
息子    「お父さん お父さん! 魔王が僕を掴んだよ!魔王が僕をいじめるよ!」
語り手   父親はぞっとして馬を急ぎ走らせる うめく子供を腕にかかえ やっとの思いで屋敷にたどりつくと その腕の中で子供は息絶えていた・・

 こうやって文字だけを読んでいると淡々と物語が流れているように感じますが、ここにシューベルトの音が入ると、一層緊迫感や息詰まる様子が加わります。

冒頭から常に鳴る3連符のリズムが馬の駆ける蹄の音を連想させるし、それぞれの登場人物の心情を浮き立たせます。

この登場人物の心情をうまく表すために、シューベルトは調性をころころと変えています。

調性というのは、ざっくり言うと、その曲の性格を決めるもの。

明るいのか、暗いのか、切ない感じなのか、おとぼけているのか等々を決めるもので、

作曲家はこれじゃなきゃだめ!というほど、調性をとてもこだわって作っているのです。

また、調は曲の中で様々に変化していきます。



怯えている息子の心は、いつも短調。怖い、不安といった心情を素直にそのまま表現しています。

それに比べて面白いのが魔王。最初は優しいふりしておいでおいでするので長調なのです。

だけど最後の最後「力づくで連れてくぞ!」のところで本性が現れて突然短調になります。

いきなり豹変する怖さが増します。

その中間で、全く事態が飲み込めていない不安定なお父さんの調性は、あっちへこっちへ

短調なの?いやいやあれは霧だから!で長調になったり・・曖昧なかんじです。

それにもうひとつ、魔王は息子を3回誘い、息子は4回父親に訴えるのですが、1回目より2回目、2回目より3回目の方と主音がだんだん高くなっているのです。つまり、音域を高くし魔王の誘いや息子の叫びがだんだんとエスカレートしていっている様子をこれで表現しています。



これがよくわかるのが、後にリストがピアノ用に編曲した版。

 魔王のセリフの場面では、嘘っぱちのまあ細くて高い猫なで声が聴こえるでしょ。

一番魔王っぽくない音色が魔王です。


 でも、この魔王って一体なんだったんでしょうね。

 詩のままを見れば、死に神・・?

 はたまた、現実の恐怖や、誘惑を置き換えて作ったのか・・

 大人になって聴くと、いろんなものに例えて聴くことができます。

 当時ゲーテは、この詩をヘルダー(ドイツの哲学者・文学者・詩人)が紹介した北欧の民話に基づいて作ったといいます。

 日本語で魔王と訳される「Erlkonig」は”Erle"(ハンノキ)+”Konig"(王)つまり、「ハンノキの王」ともとれるし、デンマーク語の「妖精たちの王」と書いてあるのをヘルダーが誤訳して伝え、そのままゲーテが使ったとも言われているようで、答えは謎です。

 ハンノキの森だから、そのまま森の魔物??

 

この短い物語をここまで臨場感あるれる音楽に変えてしまう若きシューベルト。

他にも、同じ時期に書かれた「糸を紡ぐグレートヒェン」や、ミュラーの詩に基づいた歌曲集「水車屋の歌」などもリストがピアノ用に編曲していて、とても好きです。

これもまたいつかの機会に・・・。